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大阪地方裁判所 昭和39年(ワ)4626号 判決

釧路市材木町四〇番地(原告両名に共通)

原告 太田武正

<ほか一名>

右両名代理人弁護士 菊井三郎

大阪市城東区諏訪西三丁目四五番地の一

被告 村岡運輸株式会社

右代表取締役 森田円太郎

右代理人弁護士 赤松政雄

右復代理人弁護士 山西健司

第一、主文

一、原告両名の各請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告両名の負担とする。

第二、本訴申立て

被告は、原告武正に対し一、一八六、〇〇〇円、原告ハツに対し九七〇、七〇〇円、およびこれらに対する昭和三九年一〇月一〇日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

との判決ならびに仮執行の宣言。

第三、争いのない事実

一、交通事故発生

とき  昭和三九年四月二五日午前一一時一〇分ごろ

ところ 高槻市桃園町二番地先交差点附近

事故車 被告所有の大型貨物自動車(大一き二七三八号、被告車という)

運転者 訴外富永良一

死亡者 太田信松(昭和一二年二月二〇日生、当時二七才)

態様  訴外富永は被告車を運転して西から東へ進行中本件交差点にさしかかり信号待ちをしたのち発進した際、被告車左側で自転車もろとも転倒した信松を左後輪でひき、内臓挫滅により即死させた。

二、訴外富永は自動車運転手として被告に雇用されその業務に従事中右の事故を発生させた。

第四、争点

(原告らの主張)

一、被告の責任原因

被告は自動車損害賠償保障法三条により、本件事故のため生じた後記損害を原告らに対し賠償しなければならない。

二、損害

(1) 亡信松の見込み利益喪失による損害―原告らの相続

亡信松は大工職の日傭労務者であって、本件事故当時東京都中野区鷺宮所在丸吉建設株式会社(代表取締役村田吉次)に臨時に雇用されていたもので、一般にいう常傭建築大工であった。

当時の日給は一、六五〇円であり月平均二六日稼働し四二、九〇〇円の収入があり、その他心付けとして月平均三、〇〇〇円くらいの収入があり、合計すると月平均四五、〇〇〇円の収入を得ていた。そして生活費を除く純益はすくなくとも月一五、〇〇〇円あった。

しかして信松の平均余命は四〇・三七年であるところ、六〇才まで稼働するとして稼働年数は三三年となり、その間の見込み利益は五、九四〇、〇〇〇円となるが、これより年五分の中間利息をホフマン式算定法により控除し死亡当時における現価を算出すると二、二四一、五〇九円となる。

原告武正は父、原告ハツは母として、右の損害賠償請求権を二分の一あて相続した。

(2) 原告武正の損害

(イ) 葬祭関係費 二一五、二八〇円

内訳は別紙のとおり。

(ロ) 慰謝料   一五〇、〇〇〇円

(3) 原告ハツの損害(慰謝料)一五〇、〇〇〇円

(4) 原告らの慰謝料算定の根拠

亡信松は昭和二三年三月釧路日進小学校を卒業し、同年四月中学に入学したが翌年八月中途退学し、九月ごろ上京して村田吉次方において大工見習いとして就職し建築業に従事し、昭和三〇年ごろにはすでに一人前の大工として働いていた。

原告武正はリウマチの病身であり、資産もなく植木を戸々に売り歩く商売をしているもので、厳寒の釧路では半年分しか働けず、次男の武憲は高校三年、三男の正孝は高校一年、四男の正博は小学校六年に各在学中であって、年も若く在学中のこととていずれも経費がかさみ、原告らの生活は長男信松からの月一〇、〇〇〇円の送金によりかろうじて維持されてきたもので、信松は原告ら一家にとっては頼みの綱であり、将来は釧路に帰ってもらって原告らとともに生活できることを楽しみにしていた。

しかるに信松の突然の死亡により右の希望を失い原告らの生活はいよいよ困窮し、弟らの学業すら中退しなければならない状況にたち至り、原告らは日夜生活の不安と前途についての失望の生活を送っている。

三、損害の填補

(1) 被告から一〇〇、〇〇〇円受領。

(2) 自動車損害賠償責任保険金五〇〇、〇〇〇円受領。

四、本訴請求

(1) 原告武正

相続分一、一二〇、七五四円、葬儀関係費二一五、二八〇円、慰謝料一五〇、〇〇〇円の合計一、四八六、〇三四円から右填補を受けた六〇〇、〇〇〇円の二分の一たる三〇〇、〇〇〇円を控除した内金一、一八六、〇〇〇円、およびこれに対する本件訴状送達日の翌日たる昭和三九年一〇月一〇日から支払いずみまで年五分の割合による遅延損害金。

(2) 原告ハツ

相続分一、一二〇、七五四円、慰謝料一五〇、〇〇〇円の合計一、二七〇、七五四円から右三〇〇、〇〇〇円を控除した内金九七〇、七〇〇円、およびこれに対する右同様の遅延損害金。

(被告の主張)

一、被告の免責事由

(1) 訴外富永の無過失

本件事故は訴外富永が自動車運転者としての万全の注意を払い、最も適切なる注意をもって被告車を前進させたにも拘らず、亡信松が後方より被告車の左側を追いこさんとして被告車の左後輪の直前附近で転倒し、左後輪にひかれたものである。

すなわち、被告車が停車中も発進に際しても富永はバックミラーにより左側の安全を確かめたが自転車や単車はなく、また被告車の左側には歩道安全柵まで一・三ないし一・四メートルしか空間はなかった。しかるに被告車が六・七メートル前進した際、発車直後で速度もでていない状態のもとで本件事故が発生したのである。この事実からすると、亡信松は通常自転車が走行する時速約二〇キロメートルで発車直後の被告車を追いこさんと不注意にも被告車と歩道安全柵の間に入り込み、路面左端の排水のための傾斜に加えるに道路端に積っていた砂利のためにスリップし、あるいはさらに加えるに不注意にブレーキをかけたためスリップし、被告車左後輪の直前で右側に転倒し、あっという間にひかれたものと思われる。

しかして、富永が発車して前進する場合には前方注視義務が最優先するのであり、かりに左側のみを絶えず注意していたとしても、右のような状況のもとでは転倒した信松を発見して急激な停止措置をとったとしても事故の発生を防ぎ得なかったことは明白である。

(2) 亡信松の過失

亡信松は危険の予想される狭い間隔にあえて危険を犯して割り込み、かつ不法な追いこしをせんとして不注意にも前記のようなすべり易い部分に自転車を進めてみずから転倒したものである。

二、亡信松の見込み利益の不存在

亡信松は成人後各裁判所から窃盗罪により懲役刑を五回、軽犯罪により一回、窃盗詐欺罪により懲役刑一回の判決言渡しを受け、本件事故による死亡までその大半を刑務所で過ごしてきたものであり、ことに右刑罰の最終言渡しは昭和三七年二月二三日静岡地方裁判所で窃盗詐欺罪により懲役二年となっており、昭和三九年二月まで静岡刑務所に服役し、出所後各地を転々とし、同年四月の本件事故当時も静岡県小笠郡菊川町の服部孝平の所有にして同人から盗難届がでていた新品に近い自転車に乗り、清水市入船町の自衛隊員高松弘の自衛隊手帳を所持し、盗難品らしい写真機一台を所持し財布には金銭がなく無銭旅行中であった事実等をあわせ考えると、過去および将来ともに正業による収入は望むべくもなかったことが明白である。

三、過失相殺、弁済

かりに被告に損害賠償責任があるとしても、その賠償額の算定にあたっては亡信松の前記過失を参酌すべきであり、さらに被告は原告らに対し六〇〇、〇〇〇円を支払っている。

第五、証拠≪省略≫

第六、争点に対する判断

一、被告の責任原因

≪証拠省略≫によると、つぎの事実が認められる。

(1) 本件交差点は信号機により交通整理の行なわれている四差路で交通量のきわめて多い場所であった。

(2) 車道はアスファルトで舗装され、東西道路は幅員一一メートルの車道の両側に歩道があり、交差点から西側の部分には東行車道と北側歩道の間に金網の安全柵が設けられていたが、車道北端(東に向かって左端)には幅一メートルたらずの北に低くなった排水用の傾斜があってその部分に砂利が吹き寄せられていた。

(3) 被告車はトヨタ六トン積み、幅二メートル長さ七・三メートルの大型貨物自動車で当時幌をかけていたが、小判型バックミラーが車体前部両側に設置され、運転台から車体両側後方とも確認できる状態にあった。

(4) 訴外富永は被告車の助手席に松本某を同乗させて西から東に向け東行車道を進行中本件交差点にさしかかり、対面信号が赤色であったので先行する小型三輪車に続いて交差点の手前約一五メートルの地点で左側に約一・五メートルの間隔をおいて停車し、約一〇秒後青色信号となったので先行車に続いて発進し直進しようとしたが、自車右前方にいたダンプカーが右折を始めたのでギヤーをローに入れて左にハンドルを切りつつ発進し約五メートル進行したとき、左後輪附近で音がし何かをひいたようなショックを感じたので少し進行してから停車した。

(5) 亡信松の運転していた自転車は東行車道の排水用傾斜部分の附近に車首を南東に向け右側に倒れており、同人はその自転車にまたがったまま右を下にして横向きに倒れ腹から上半身をひかれていた。

(6) 被告車には左後輪タイヤおよびその附近に血痕が附着していたほかには接触痕等異常は見当らず、信松の自転車にも損傷はなかった。

以上の認定によると、訴外富永は亡信松を被告車の左後輪でひくまで同人の接近にまったく気づかなかったことが明らかである。

この点につき被告は、訴外富永は停車中および発進の際バックミラーで左側の安全を確かめたが自転車や単車はなかったので前方を注視しつつ発進したのであり、前進する場合には前方注視義務が最優先し左側のみ絶えず注意していることは許されない旨主張するようであるが、交通がきわめてひんぱんで後続車も多く、しかも自車左側には自転車や単車の入り込む余地があったのであるから、発進に際し前認定のような事情のもとにハンドルを左に切ろうとする以上、自動車運転者としては、みずからバックミラーにより左側の安全を確認するか、助手をして確認させつつ発進すべき注意義務があるといわなければならない。しかるに訴外富永はかかる注意義務を怠ったと認められるのであるから、同人にはすくなくともこの点に運転上の過失があったといわざるを得ない。

被告はさらに、かりに訴外富永が左側を絶えず注意していたとしても、亡信松は発車直後の被告車を時速約二〇キロメートルで追いこさんとして被告車と歩道安全柵の間に入り込み、スリップして被告車左後輪の直前で右側に転倒しあっという間にひかれたと思われるから、このような状況のもとでは転倒した信松を発見して急激な停止措置をとったとしても事故の発生を防ぎ得なかった旨主張するが、被告主張のように信松が被告車の左後輪の直前で転倒したと認めるにたる証拠はないのみならず、かりに被告車の左後輪の直前で転倒したとしても、本件死亡事故の発生が避けられなかったかどうかは疑問である。すなわち訴外富永が左側を注意しており自転車もろとも転倒しかけた信松にいち早く気づきただちに急停車の措置を講じていたのならば、被告車は発進直後で速度もでていなかったことでもあるから、あるいは事故の発生を防止できたか、かりにできなかったとしても死亡事故にまでたち至らなかったかも知れないのである。

要するに訴外富永には、発進後左側方の安全確認義務を怠った過失が認められ、この過失と本件死亡事故との因果関係の存在を否定するにたる証拠はない。

とすると、被告は自動車損害賠償保障法三条ただし書に定める「運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかった」との免責事由の証明をなし得ないことに帰するから、本件事故により生じた後記損害を賠償すべき義務を負担するものといわなければならない。

二、損害

(1) 亡信松の見込み利益喪失による損害の有無

≪証拠省略≫によると、つぎの事実が認められる。

(イ) 亡信松は原告ハツの実子であるが、原告ハツが昭和一九年三月原告武正と婚姻するにあたり信松ほか一名を連れ子とし、原告武正との間に養子縁組を結んだが、その後原告らの間に武良、武憲、正孝、正博が生れた。信松は原告武正が実父でないことを知るにおよび自棄的となり、昭和二三年八月ごろ中学校を中退して上京し母方の叔父村田吉次の世話になったりしたが素行がおさまらず家出を繰り返し、小遣銭のないとき時折り原告らのもとに帰宅するがすぐ家を飛び出すといった状態であった。

(ロ) 亡信松の素行の悪さに耐えかねて、原告らは昭和三六年ごろ同人を前記村田吉次の経営する丸吉建設に大工として就職させ更生を期待したが、同人の素行は一向におさまらず、仕事上のことで村田吉次に反抗し叱られて同建設を飛び出し行方不明になることが再三あり、また罪を犯して警察や裁判所の厄介になったことも四、五回あったが、昭和三七年二月二三日静岡地方裁判所において窃盗詐欺罪で懲役二年の実刑判決を受け約一年半の間服役した。

(ハ) 右出所後再び村田方で面倒をみてもらっていた信松は、昭和三八年暮れごろ胸部疾患のため入院したが、昭和三九年二月ごろ病院を抜け出したまま本件事故が発生するまで行方不明となっていた。

(ニ) 本件事故当時信松の運転していた自転車は盗難品であり、同人は他人である自衛隊員の所有物を所持していた。

以上の認定によると、亡信松は死亡当時定職なく各地を浮浪していたことが推認されるのであり、将来同人が大工としてまじめに稼働できたかどうか甚だ疑わしいといわざるを得ない。

したがって原告らの出張するような見込み利益はこれを認めがたいし、また信松が日傭労務者として稼働する可能性があるとしても、その生活費以上の収入を得ることができたと認めるにたる証拠はないので、結局亡信松には見込み利益喪失による損害ありとはいえないのである。

(2) 原告武正の負担した葬祭関係費 二一五、二八〇円

≪証拠省略≫を総合すると、原告ら主張のとおり認められる。

(3) 原告両名の慰謝料 各五〇、〇〇〇円

前出すべての事実を参酌すると、原告両名に対する慰謝料は各五〇、〇〇〇円をこえないと認めるのが相当である。

三、亡信松の過失、過失相殺

さきに認定した事故当時の状況から判断すると、亡信松は砂利の吹き寄せられていた排水用傾斜の上に不注意にも自転車を進出させたためスリップして右に転倒したものと認めるのが相当であるから、同人のかような過失を参酌すると、被告の賠償額は前記損害額の二分の一にとどめるべきであり、その額は原告武正に対し一三二、六四〇円、原告ハツに対し二五、〇〇〇円となる。

四、損害の填補

原告両名が本訴提起前に本件事故による損害の填補として各三〇〇、〇〇〇円を受領し、それぞれ損害金元本に充当したことはその自認するところである。

五、結論

そうすると、被告は原告両名に対しその請求にかかる損害賠償金を支払うべき義務はないから、原告両名の本訴各請求は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 谷水央)

<以下省略>

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